「例えば、だけどさ」
「……うん?」
隣を歩いていた少女が、そんなことを呟いてくる。
少年はうんざりとした様子でそれを聞き流しながら、とりあえず応えておいた。ここで無言を通していると、少女は勝手に話を続けてしまう。そうなると、会話として成立しない少女の言葉は、ただ意味の分からないものになっていくだろう。それは、なんとなく居心地が悪い。
反応したこちらに少し満足げにうなずいて見せて、少女は続けた。
「この世界がニセモノだとしたら、あなたはどうする?」
それは馬鹿げた質問だった。
もっとも、この少女が脈絡もなく意味のない質問をしてくることには慣れている。だからこそ、彼女はクラスメートから『サイコ』だのなんだのと言われて気味悪がられているわけだが。
外見は悪くない……というよりも、むしろ彼女は美人だった。長い黒髪に長身、スレンダーではあるがスタイルもそこそこいい。これで性格さえまともなら、男が放っておくわけもないだろうに……などということを考えつつ、少年は苦笑を浮かべる。
「ニセモノって?」
「そうね。例えば、この世界がすべてヴァーチャルなもので、私たちという存在はその中で精神だけ生かされている……もしくはプログラムに過ぎない、とか」
「どっかで聞いたような話だな、それ」
そう、それは十年ほど前に流行った大作映画のような。
こちらの考えを見透かしたのか、少女は小さく笑いながら告げていた。
「マトリックスよ」
「ああ、それそれ」
「私、あの作品って嫌いなの」
「珍しいな。俺の友達は皆面白いって言ってたけど。俺も結構好きだし、あのアクションとかストーリーとかさ」
実際、あのCGを駆使したアクションは凄まじかった。あの作品が公開されてからすでに十年がたつが、それでもいまだにあのアクションを超えるものは見たことがない。
「そう? でも、あれには現実感がないわ。もしこの世界がヴァーチャルだとして、本当の世界があの映画みたいに壮絶なものとする。そんな状況を知った人たちが、平凡な日常が繰り返されるヴァーチャルよりも過酷な現実に生きることを望むのかしら」
「それは……」
返答に窮していると、少女は肩をすくめながら続けてくる。
「答えはノーよ。今の平凡な日常ですら、生きることを苦に自ら命を捨てる人がいる。絶望に負けてしまう人がいる。そんな彼らが、今よりも過酷な世界で生きていこうなんて思う?」
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